『カリブ海の秘密』感想〜ミス・マープルに対する本音

『カリブ海の秘密』感想〜ミス・マープルに対する本音

『カリブ海の秘密』感想〜ミス・マープルに対する本音

アガサ・クリスティ『カリブ海の秘密』を読みました。ミス・マープルシリーズの長編9作目。

※ この記事は感想のみ・あらすじネタバレなしです

静養のためカリブ海に旅行に行ったらそこのホテルで連続殺人事件に巻き込まれて解決までしちゃうっていう名探偵コナンばりの引き寄せ力を見せるミス・マープル。

事件の内容やトリックは普通なんだけど、わりと面白く読めた、そんな本でした。

転地療養のため西インド諸島を訪れたマープル。一週間は何事もなく穏やかに過ぎていった。しかし、まもなく彼女を相手に懐古談をしていた少佐が死体となって発見される。以前から少佐は何かを憂いていたようなのだが、いったい何が起こったというのか?美しい風景を舞台に老嬢ミス・マープルが事件の謎に挑む。 『カリブ海の秘密』(早川書房)

私、これまで書きませんでしたがミス・マープルのこと嫌いなんですよね基本的に。笑

あれこれ口実を作って人の話を盗み聞きしたり下心を持って噂話に興じたりする性格がまず嫌い。

人間観察するのは良いんですが、表では上品ぶって素知らぬふりをしながら、人のことを聞き出して他人を品定めするぺちゃくちゃおしゃべりなおばあさんってほんと嫌らしいと思うし、なんかもう言動全てがイライラするんですよね...。

それに読者でも気づきそうなことを「こんな簡単なことを気づかなかった私は大馬鹿」とかいって最後まで気づかなかったり(気づけよって思う)、それでいて「おばあさんなのに鋭い切れ者」みたいな扱いを受けてるところとか。

いや、マープルもので好きな作品もあるんですが、ミス・マープル本人には毎回どこかしらイラつきながら読んでいました。

(ミス・マープルのファンの方からしたら相当反感を買いそうな話ですいませんが)

けど、この作品はそうでもなかった。

なんか穏やかに読めた。

その理由の1つはおそらく、登場人物の1人であるラフィール氏にあると思います。

ラフィール氏は皺くちゃの猛禽類のような顔をした大金持ちの老人で、私と同様にミス・マープルのようなおばあさんにひどい反感を抱いており、それをあからさまに言いたてます。笑

ミス・マープルが自分の方に近づいてくると「一歩あるくにもどこかのばあさんに足がぶつかる」と、自分の休息の地であるカリブ海におばあさんがいることに不満を漏らします。

「あのおしゃべりなめんどりが戻ってこないうちにマッサージにかかろう」とミス・マープルとの接触を避けようともします。

さらにラフィール氏はミス・マープルの編み物にも次のように言い放ちます。

「編み物はやめなさい。わしはそいつに我慢がならん。女の編み物は大嫌いだ。まったくいらいらする」

なんて清々しい物言いでしょう。気持ちを代弁してくれるとはまさにこのことだと思いました。
(私は編み物にはイライラしませんが)

確か『牧師館の殺人』(ミス・マープル長編1作目)でも、登場人物がミス・マープルのことを「意地の悪いおばあさん」と表現しているシーンがあったと思いますが、ラフィール氏はさらに鋭く大っぴらに言うので、こちらとしては「よく言ってくれた」という気持ちでいっぱいになります。

だから私自身が抱く反感が消えてくれるんですねきっと。笑 ラフィール氏のおかげで、ミス・マープルの性格にも寛容になりながら読めた気がします。

といってもラフィール氏は別に「良い老人」なわけでもなく、他人の言うことは全部否定しないと気が済まないようなぎゃーぎゃーうるさい老人なんですが、これがとてもチャーミングな人物で。

最初はミス・マープルのことを視界に入れたくないばあさんとでも思っていたようですが、その後はミス・マープルの頭脳を認めて事件についての討論を2人でしています。

そしてミス・マープルはラフィール氏に「あなたがこの殺人を防がなければなりません」と命令口調で言うのですが、これが半身不随で病気療養に来ている老人ラフィール氏への言葉だと考えるとなんとも滑稽に感じられて面白い。

「わたしたちの手でそれを防がなければなりません。あなたがこの殺人を防がなければなりませんわ、ラフィールさん」
「わしが?」ラフィール氏は驚いて訊ねた。「なぜわしがやらなくちゃならんのかね?」

『カリブ海の秘密』(212ページ)

ラフィール氏本人だけでなく誰もがそう感じるほどミス・マープルの要求は突拍子がない。

でもその言葉の通り、ラフィール氏はミス・マープルの求めに応じて犯人確保に貢献します。

事件を通してこの2人が信頼関係を築くというか、事件を通じて奇妙な老人2人がお互いを(といっても主にラフィール氏がミス・マープルを)認めている感じがなんか良かった。

ラフィール氏はその後続編の『復讐の女神』にも登場しますが、これはアガサ・クリスティもラフィール氏という人物を気に入ってのことだろうと見ています。

アガサ・クリスティの作品・感想一覧

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