アガサ・クリスティ『白昼の悪魔』典型的なのに面白い不思議

アガサ・クリスティ『白昼の悪魔』典型的なのに面白い不思議

アガサ・クリスティ『白昼の悪魔』典型的なのに面白い不思議

夏。小島のビーチリゾート。

美貌と完璧なスタイルを持ち、浜辺にいる全男性の視線を集める一方で、全女性の存在を霞ませ、女性からはことごとく嫌われる元舞台女優。

そして殺人事件。

物語の舞台も中心人物も、よくありそうな典型的な設定。

なのになぜ、こんなに面白いのか?

感想をまとめました。

目次

『白昼の悪魔』のあらすじ

イギリスの南西部、夏の避暑地であるスマグラーズ島に、ポアロは休暇に来ていた。

島のホテルに滞在していたのはポアロのほか、イギリス中を見物しているアメリカ人の中年夫婦、スポーツマンタイプの女性、すぐにインドの話を始めだす退役軍人の少佐、元気旺盛だが狂信的な聖職者、ハンサムな青年と色白で理知的な女性の若夫婦、一流ドレスメーカー、誰からも相手にされないヨット好きの男、そして美しい元舞台女優に、夫と娘。

元舞台女優のアリーナは、いかにも自信があるといった雰囲気で浜辺を歩き、周囲の視線を独り占めにする。

最近結婚したばかりのハンサムな青年は、妻を差し置いてアリーナを追いかけ始める。

そんな様子を尻目に、それぞれが思い思いに島での休暇を楽しんでいたが、ある日アリーナが首を絞め殺されているのが発見された。

アリーナの敵は、常に女性だった。

しかし、大きな手でかなり強い力で絞め殺されたことを考えれば、男の犯行だとしか考えられない。

ポアロは地元警察と一緒に調査を始めたが、宿泊者は男も女も皆アリバイがあるように思われるのだった。

地中海の避暑地の島の静寂が破られた。島に滞在中の美しき元女優が、何者かに殺害されたのだ。

犯人が滞在客の中にいることは間違いない。だが関係者には、いずれも鉄壁とも思えるアリバイが……

難航する捜査がついに暗礁に乗り上げたとき、滞在客の中からエルキュール・ポアロが進みでた! (解説 若竹七海)

『白昼の悪魔』(早川書房 クリスティー文庫)

『白昼の悪魔』の読みどころと感想

リゾートで楽しめるレジャー的小説

面白いですよこの本は。

最初から人間関係のいざこざがあって、不穏な雰囲気が漂っていて、いつ事件が起きてもおかしくない雰囲気。

そしてワクワクしながら読み進めるとあっという間に事件に巻き込まれる。

あの人が犯人かな、この人かな、と最初は推理しながら読んでいたんですが、いつの間にかそんなことは忘れ、純粋に小説として楽しんでいました。

犯人を真剣に考えながら読んだわけではないのですが、犯人はもちろん想定外。

殺人事件は起きますがストーリーとしては重くも暗くもなく、アガサ・クリスティ作品の中でも気楽に気軽に、レジャー感覚(?)で楽しめるミステリーだと思います。

物語の舞台であるスマグラーズ島のようなリゾートに行ってポアロのようにデッキチェアに座り、カクテルでも飲みながら読みたい小説です。

海とカクテル

序盤から、あらゆるところに事件の鍵

ポアロの謎解きを聞くと、序盤のあんな描写も事件を解く鍵の1つだったの!? と驚かされます。

読んでいて読者が自然と理解するのは、誰が誰を好きで、誰が誰を嫌っていて、っていう人間関係だと思うんですが、ポアロが注目するのはそこだけじゃないんですよね。

ちょっとした印象や、ちょっとした証言。

そういう鍵を物語のあちらこちらに、読者には一見わからないように散りばめて終息に持っていくアガサ・クリスティ。さすがとしか言いようがないです。

現代となんだか共通する人々の感情

私がアガサ・クリスティの作品を好きな理由の1つは、登場人物がすごくユニークな魅力を持っていて、でも何十年も前に書かれた作品の人物なのになんだか私でも「わかるわかる」「あるある」って思う一面も持っているところ。

この『白昼の悪魔』に出てくるロザモンドは30代後半(たぶん)の女性で、一流のドレスメーカー(婦人服を仕立てる人)として活躍していますが、独身ということに引け目を感じています。

ロザモンドは、ポアロにこのように話しています。

「たしかに、あたしは成功した女の典型だと思います。
 〜 中略 〜
経済的にも満足していますわ。恵まれていると思います。
 〜 中略 〜
だけど——夫がいませんわ! それがあたしの失敗。そうでしょう、ムッシュー?」

『白昼の悪魔』(早川書房クリスティー文庫 39ページ)

そう聞かれたポアロは、「結婚して子どもをつくるなんて平凡な女のやること」「あなたのような成功した女性は千人に一人しかいない」などと慰めますが、「でもやっぱり、あたしはただのみじめなオールドミスよ!」とロザモンドは答えます。

「結婚してない=みじめ」ではないはずですが、ポアロが何を言ってもロザモンドは少しも慰められないように、現在でも周りがどう言おうと本人がそう思っている、というケースはあると思います。

ポアロのセリフも、今でだって通じる言葉。

何十年も前にも、そういう感覚ってあったんだなぁっていうことに私はすごく興味深さを感じます。

人の感情って、変わらないんだなぁって。

また、ロザモンドがこのように率直に打ち明けられるのはたぶん、仕事の面では成功しているからだと思うんですよね。

仕事で成功できず、経済的にも苦しく、結婚していない、そんな自分をみじめだと思っている人は、ロザモンドのように「結婚してないのが失敗」だなんて人には打ち明けられないんじゃないかと、私は自分の短い人生経験から感じます。

触れられたくない、本当にみじめに思っていることって、人には率直に話せないです。

ロザモンドは「私は仕事で成功してるし」っていう思いがあるから、自分の欠点も他人に打ち明けられるんだと思う。

アガサ・クリスティがそう思ってロザモンドの性格や発言を設定したかは当然謎ですが、私なんかは、アガサ・クリスティわかってるよなぁなんて思ってしまうのです。

またもう1つ、この作品で共感した感情は次の部分。

アリーナの継子であり、その夫である大佐の実娘、リンダの心情です。

スケッチに熱中して口数の少ないクリスチンと一緒にいるのが好きだった。ひとりきりでいるのと同じように気楽だったし、そのくせ、だれかのそばにいたいという奇妙な気持ちもあったからだ。

『白昼の悪魔』(早川書房クリスティー文庫 91ページ)

うんうんそうだよね、その奇妙な気持ちすごくわかるよ、と孤独なリンダには言ってあげたくなるんですよね。

まとめ:古風な訳も楽しんで!

かなり好きな作品でした。

解説の方は「クリスティー作品のなかでも五本の指に入る傑作」と言っていますが、確かにうなずけます。

ポアロの謎解きも、思いもよらない逆転あり華麗な推理ありで楽しめます。

唯一、唯一気になる点は日本語訳です。

日本語表現の古さや、ポアロのセリフに違和感を感じる方も多いかもしれません。

でもその違和感を吹き飛ばすほど作品としての面白さがあります。私も最初は訳が気になりましたが読み進めるうちに気にならなくなり、古い訳や言い回しまで含めて興味深く読めました。

この文庫は2003年の発行ですが、調べてみると1976年に翻訳されたもののようです。訳者の鳴海四郎さんは1917年生まれ。

それらの点も踏まえつつ、訳が古い、合わないなどと思わずに楽しんで読みたい作品です。

でももし新訳が出るなら、ぜひ読みたいなとは思います。

アガサ・クリスティの読書感想一覧

以下、ネタバレを含む感想なのでご注意ください。

ネタバレ感想

『白昼の悪魔』島の湾のイメージ写真

「悪魔の化身」「金づるに吸いつくタコ」「男を食いあさる虎」「人間のくず」「ゴキブリみたいな存在」「骨の髄からくさりきっていた」などと宿泊客から散々に言われ、あんな悪女なら殺されても仕方がないと思われていたアリーナでしたが、ポアロ曰く「宿命的な永遠の犠牲者」だったという筋書きでしたね。

アリーナは男たちを破滅させる女ではなく、彼女自身が男にひきつけられ、すぐに飽きて捨てられるという、かわいそうな女。

ガードナー氏が彼女のことを「ノウタリン」(頭が悪い)と評したのが、ポアロの推理の助けになりました。

(ノータリンなんて私が子どもの頃にしか聞いたことがない言葉ですが、今の若者は理解できるんだろうか)

想像もしていなかったこの逆転の設定(アリーナが搾取される存在だった)が、「そう来るか!」とびっくり。犯人の人物像同様に込んだ設定だなーと。

また、最後の最後、ケネスとロザモンドの結末には心がちょっとときめきました。まさに少女漫画のようで、好き嫌いはありそうですが個人的には大歓喜。

ロザモンド、よかったね...(涙)。

アガサ・クリスティの登場人物はなんでこうみんなすぐプロポーズしたり結婚したりするのよっていうのはあるけど。笑(時代的なもの?)

そして最後に1つだけ、どうしても言わせてほしいことがある!!

犯人のアリバイづくりに、リンダの腕時計が利用されました。あらかじめリンダの腕時計の針を20分進めておき、アリバイづくりが終わったら元に戻すというところですが。

これ、進めておいた腕時計の針にリンダが気づかないのは絶対に無理がありますよね。

ロビーでの待ち合わせの際、リンダは時間に遅れてしまったと思ったけど、実際には時間よりも前だった。遅れてしまったと思ったのは、進められた腕時計の針を見ていたからでしょう? で、ロビーに行ってまだ時間前だと言われたら、あれ? と思って自分の時計見ますよね?? 腕時計してるんだから。しかも20分も遅れてるのに。

一応ポアロの推理では「リンダが腕時計の狂いに気がつくかもしれないという危険はあったが、それはたいした問題じゃない」(他に強いアリバイがあって、こちらは保険だから)とされていますが、実際に気づかなかったのは絶対おかしいでしょ〜 とちょっと納得いきませんでした。

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