パレンケ遺跡訪問記(2)頭蓋骨の神殿、赤の女王の神殿、碑文の神殿

パレンケ遺跡訪問記(2)頭蓋骨の神殿、赤の女王の神殿、碑文の神殿

パレンケ遺跡訪問記(2)頭蓋骨の神殿、赤の女王の神殿、碑文の神殿

メキシコ南東部チアパス州にあるマヤ遺跡パレンケ 。5世紀に成立し、7世紀に最盛期を迎えた都市です。1952年、碑文の神殿と呼ばれるピラミッドからパカル王の墓が発見されたことで一躍注目を浴びました。1987年、メキシコで初めての世界遺産に登録されています。

遺跡概要や行き方、ツアーについては前回の記事をご覧ください。

パレンケ遺跡訪問記(1)行き方、ツアー、ガイド

パレンケ遺跡訪問記(1)行き方、ツアー、ガイド

メキシコにあるマヤ文明遺跡パレンケまでの行き方とツアーをご紹介します。

訪問日:2019年7月、12月

目次

頭蓋骨の神殿(神殿12)

遺跡に入って右方、最初に目にすることになるのが頭蓋骨の神殿です。ピラミッド頂上にある神殿の根元に、ウサギの頭蓋骨のようなレリーフが残っていることからこの名がつけられました(現在は登ることができないため、近くでは見られません)。

レリーフ部分はこんな感じ。

パレンケPalenque)は、マヤ語で Baak と呼ばれていました。碑文には「」を意味する Baak がこのパレンケ王朝の名であると記され、「肉が剥ぎ取られた(骨の)ウサギ」のマヤ文字(象形文字)で表されていたそうです。

ピラミッド内部にはもう1つの建物が埋まっており、人骨や多数のヒスイ製品が見つかったそうです。

赤の女王の神殿(神殿13)

頭蓋骨の神殿の隣にあるのが赤の女王の神殿。内部にはさらに2つの神殿があり、その上に増設されたものだそうです。1994年、ピラミッド内部から石棺と女性の遺骨が発見されました。その女性が誰かは未だ特定されていませんが、パカル王の母(サク・クック女王)もしくはだと考えられています。パカル王(603年生まれ、在位615 - 683年)は80歳という記録的な長寿でしたが、この女性は40歳前後で亡くなっているそうです。

赤の女王の神殿

屋根のある部分から、内部に入って石棺を見学できます。

赤の女王の神殿の石棺

石棺内は辰砂(しんしゃ)と呼ばれる真っ赤な有毒鉱物の粉で一面覆われていたため、この女性は「赤の女王La reina Roja)」と呼ばれています。

石棺内には遺骨と一緒に豪華な副葬品が埋葬されており、墓室内には一緒に埋められたと思われる生贄の人骨も。かなり地位の高い女性だと考えられます。

このレイナ・ロハのお墓、すごく不思議なのは辰砂の粉が遺骨に直接かかっていたこと。

画像出典:Arqueología Mexicana

骨になった状態で石棺に入れられ、粉がかけられたのでしょうか。そしてなぜこの粉を?
赤の女王の謎が解明されるときはいつか来るのでしょうか。以下サイトで、石棺内の他の写真や副葬品を見ることができます(記事はスペイン語です)。

碑文の神殿

赤の女王の神殿隣にあるのが、あのパカル王の墓が見つかった碑文の神殿。神殿内の石板に大量の碑文(マヤ文字)が刻まれていたことから、この名がついたとのこと。そこにはパレンケの歴史が綴られていたようです。

王墓発見の詳細については前回の記事をご覧ください。

現在登ることはできません。内部の墓室の見学も不可。パレンケ遺跡博物館とメキシコシティの人類学博物館に、墓室と石棺のレプリカが展示されています。

パレンケ遺跡博物館の展示より

王の石棺がおさめられていた墓室は、神殿の床から階段でつながった地下にありました。通路を埋め尽くしていた石を4年かけて取り除き、発見に至ったとのこと。

パレンケ遺跡博物館にある石棺のレプリカ

実際に見ると、どれだけの規模かがわかります。とても大きいです。この巨大な石棺を神殿から地下に運び込むことは不可能。まず墓室を先につくり石棺を配置したあとで、神殿を建設したと考えられます。碑文の神殿は、パカル王の跡を継いだ息子カン・バラム2世の時代に完成したようです。

レリーフのわかりやすい画像はArqueología Mexicanaで確認できます。

石棺を覆う1枚石のレリーフには、パカル王が地下世界の出入口(ワニの牙によって表現されている)から天上世界に上がっていく様子が描かれています。

パカル王の上部に彫られているのは、天上世界を支える聖なる樹セイバと、樹冠にとまるケツァール(創造の神 Itzamnaaj の象徴)。

この世界観と浮き彫り技術の素晴らしさ。最初に発見した考古学者はどれだけ驚き感動したことでしょうか。マヤの世界に引き込まれる人の多さにも納得です。

石棺の壁面には、王の両親を含めた8人の歴代王(先祖)が彫られています。歴代王の胴体は地面から生えるように描かれ、背中からはそれぞれ異なる種類の植物(実のなる木)が出ています。豊穣の象徴でしょうか。

パレンケ遺跡博物館の石棺レプリカ壁面の一部

また墓室の壁面には「9人の夜の支配者(Los nueve Señores de la Noche)」と呼ばれる9名の人物像が彫られています(見にくいですが、下の写真で透明板に白線で描かれている人物です)。

戦士の姿で表現されている彼らは、地下世界の番人です。マヤを含め古代メソアメリカの世界観では、人間は死後、9層から成る地下世界に行くものとされていました。9人の番人が、亡くなったパカル王を永遠に守るガードマンとして描かれているんですね。

9人のうちの1人。右手に盾、左手に笏を持った戦士の姿。
パレンケ遺跡博物館の展示より

長くなってしまったので、次の記事に続きます。

※本文中の記述はガイドさんの説明と、INAH(メキシコ国立人類学歴史研究所)発行のガイドブックに基づいています。

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